きしゅうかいどう
■ 紀州街道
大阪市中央区高麗橋付近を起点とし、泉州海岸部を通り、本市鶴原にて熊野街道と合流し雄山峠を越えて和歌山城付近まで至る近世の街道。紀州側では大阪街道とも呼んでいます。また部分的に孝子越え街道のことを指す場合もあります。府下の延長約50キロメートル。江戸期には紀州徳川家などの参勤交代路として整備されました。安立で八尾街道を、堺で長尾街道・竹之内街道・西高野街道を、貝塚で粉河街道を分岐するなど大阪と和歌山を結ぶ南北路の動脈でした。明治期は国道29号として機能し、現在は大阪市から本市までの府道堺阪南線がほぼこの街道に沿っています。
(出典:『泉佐野何でも百科』 泉佐野市役所 1994年 62ページ)