1889(明治22)年、市町村制施行により上瓦屋・下瓦屋・中庄・鶴原の4ヵ村が合併してできた自治体。はじめは日根郡、1896(明治29)年からは泉南郡に所属していました。旧村名を継承した4つの大字で編成され、役場は下瓦屋に設置されていました。村成立時の人口は4,355人。中通荘13ヵ村のうち北側に位置していたことからこの村名がつきました。1937(昭和12)年には佐野町と合併し、村制時の4つの大字はそのまま同町の大字へと継承されました。
(出典:『泉佐野何でも百科』 泉佐野市役所 1994年 64ページ)
参照→
佐野町,
北中通村史