食野家、矢倉家と並ぶ江戸時代の佐野の豪商。廻船業をはじめとして手広く商いを行い、大坂や江戸などの大都市にも進出していました。唐金家の富豪ぶりは、井原西鶴の浮世草子『日本永代蔵』にも書かれています。『日本永代蔵』によると、神通丸という3700石積の当時としては日本一の大型船も所有していたとあります。食野家とよく混同されるのは、姻戚関係で結ばれ、同時期に全国市場に乗り出してきたからです。
また元禄時代には唐金梅所という文人も輩出しています。
(出典:『泉佐野何でも百科』 泉佐野市役所 1994年 55ページ)
参照→
食野家,
廻船業,
唐金梅所